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日本人の労働観 その2
皆さん、こんにちは。矢萩です。
前回は欧米の労働観「労働罪悪説」と日本人の労働観「労働愉楽説」について考えてみました。
今回は第2回目「働かざるもの食うべからず」について考えて行きましょう。
ここ最近の若者たちの無気力感について皆さんはどう思われますか?
先日、某大学での就職相談会でセミナーをしていたときの話です。
日本は最近の景気の良さを受けて、業界を選ばなければ仕事に就くことは出来ます。
しかし、彼らの悩みはもっと別の所にあるようです。
例えば「社会に出ることが怖い」「やりがいのある仕事が見つからない」「そもそも仕事をする必要があるのだろうか?」「適当に働いてお金が稼げればいい」など
なぜ?このような現象が起きてしまっているのでしょうか?
近代の労働観とは資本主義の論理がそこにはあります。
つまり、今回のテーマ「働かざるもの喰うべからず」がそこには成り立っていますね。
しかし、どうでしょう。
「働かない大金持ちは沢山います」「沢山働いても食べることに困っている人もいます」
どうもこの資本主義社会での労働観「働かざるもの喰うべからず」の原則が崩れてきていると思いませんか?
ホリエモンのように働かなくても大金を掴む社長がヒーロー扱いにされる一方で、働いても食べるのもやっとの給料のために一所懸命働く意味があるのかと悩むニートやフリーター。
これが今の日本の姿であり、日本だけでなくアメリカを始め、世界中の資本主義先進諸国がこの問題を抱えています。
なぜこのようになってしまっているのだろうか?
そこには「労働の価値=お金」という概念が入ってしまったからです。
お金を稼がないものは労働ではないという考え方、それが近代の労働観なのです。
しかし、日本の労働観はもともと神に仕えてことを為すのが仕事であり、お金という報酬は今ほど強くはなかったと思います。
古来、庶民は奈良の大仏にしても、川に橋を架けるにしても、全て神仏と共に仕事というものがありました。
そして自分の仕事を誇りに思っていました。
お金のために働くのではなく、広く世の中のために働くという考えがそこにはあったのです。
福沢諭吉が著書の中で『働く』ということについて次のように述べています。
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一、世の中で一番楽しく立派なことは、一生を貫く仕事を持つことである。
一、世の中で一番みじめなことは、教養のないことである。
一、世の中で一番さびしいことは、仕事のないことである。
一、世の中で一番尊いことは、人に奉仕して決して恩を着せないことである。
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今、私達は日本本来の労働観の原点に戻り、「傍を楽にする」という日本本来の考え方を取り戻し欧米の金銭至上主義から脱却するべきだと私は考えております。
私は働くとはお金だけでなく、あなたの人生そのものであり、人生の成功とは、仕事の成功であるということ、そして、仕事を通して自己が成長していくことだということを皆さんと一緒に考えて行きたいと思うのです。

