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起きてからの国と、起きる前にの国。日本と北欧の違い!
▼ 持続不可能な社会を目指す日本?
今回の北欧視察に伴い、デンマーク以外の国ではスウェーデンのことを少し勉強して行きました。その時に強く印象に残ったのが、
「スウェーデンは問題が起こる前に予防的処置を取る国であり国民である。一方、日本は今の環境問題を取り巻く法律の原点であった公害対策基本法等に見られるように、事後対応の国。起こったこと(問題)を罰することで止めよう、止めさせようとする国である。」
という表現でした。現在、地球温暖化防止に関しても、少子化に伴う年金改革に関しても、スウェーデンと比べてこの差が取組みの結果に現れています。
どうしたらCO2を出さない社会、まさに“持続可能な社会”ができるのかを国民全体で考え、意思決定ができる国がスウェーデンを含めた北欧なら、さしずめ日本は…
「経済が成長する以上CO2が出るのは仕方がないじゃん!」
「出る量が少なくなる機械や製品に先々入れ替えるから今はいいじゃん!」
「お金で解決できるならそうすればいいじゃん!」
「排出権を買ってもそう高くもないし、設備投資するよりは経費的に楽じゃん!」
「そんなこと言ったら、隣の中国の方がひどいじゃん!」
「会社あってのことだから、競合がやっていないのにうちだけが環境対応をできるわけないじゃん!」…。
とってもお気楽な、じゃん・じゃんの国です。
国民の意識がバラバラで、世界のルールが変わりつつあるにも関わらず、昔からのルールで相変わらず“持続不可能な成長社会”を目指して一人で突っ走っている異様な国です。
後に続くランナーはいません。ルールはお金で変更すればいいし、できると思っている輩(やから)すらいる国です。
オーバーな表現と思わないでください。もっと具体な最近の話をします。皆さん納得すると思います。
先だってとても不幸な事故が起きました。福岡で飲酒運転の公務員に3人の子供を殺されたお母さんは私の知人が間接的ですが知っている方でした。私なら、わが子を殺した公務員を恨みます。一生。そして、その方には生きてはいて欲しくないと思います。
お母さんは海に落ちた車に取り残された子供を救おうと思って何度も何度も水中に潜ったそうです。最後の力を振り絞って潜った時に、救うことはできませんでしたが、一番下の子供と通信(会話)ができたそうです。心が震える言葉でした。
「お母さん、決して飲酒運転をした人を恨まないでね。その代わりに世の中から飲酒運転をなくしてね。僕はまたお母さんのお腹(胎)の中に帰るから・・。」
日本のマスコミの方々も、この両親の不幸と加害者の取った人間としては考えられない数々の隠蔽(いんぺい)のための行動を伝えることに終始しないでください。また、加害者の所属する組織の長もただ頭を下げ、「今後このようなことが起きない様に全職員に徹底します。」とのうわべの言葉に終始しないでください。どうしたら飲酒運転がこの世の中から100%なくなるかの具体的な提言と実行を両者ともすべきだと考えます。
私が組織の長なら、全職員自動車通勤を止めます。できますって!昔はそれでやっていけたのですから。やってみたら善いと思います。どうしても必要なところから自動車の使用を認めていけば善いのですから。一番善いのは組織の長が自ら自動車使用を止めることです。
日本ですから下は従います。決してできないことではありません。以前それをやった知事もいました。もっと言えば、お酒を飲む機会も多い方々です。飲酒運転のリスクが100%減ります。世の中が間違いなく安全になります。なぜなら車に乗らないのですからです!
【早稲田大学の理事 関氏はやりました!】
早稲田大学改革のゴーンと呼ばれている民間出身の関氏は、まず改革の第一弾として幹部が率先して範を垂れなければということで、専属の公用車は総長だけにして、それ以外は全て廃止しました。常任理事の乗用車出勤も禁止して、電車などの公共交通機関の利用に改めました。どうしても車が必要な時はタクシーやハイヤーを利用してもらうようにしました。こうして、結果的に年間数千万円掛かっていた幹部の車両費を大幅に減らしました。
(日経新聞連載 仕事人秘録 6回目 “早稲田のゴーンと呼ばれて”より抜粋)
そうは言っても日本からは飲酒運転がなくなることはありません。今のままでは!先ほどの様にお気楽な国です。アルコールが検知されない飴(アメ)が売れる国です。検知されない息の吐き方が雑誌に載っている国です。アルコール検知器の精度まで言ってくる(疑って議論してくる)輩もいます。地方に行けば駐車場付きの一軒屋のスナックが沢山あります。
飲ました人を罰しても飲酒運転はなくなりません。もういい加減、罰すること、罰則を強化すること、罰則の範囲を拡げることで規制する幼い国民からは脱するべきだと考えます。
やるなら、全てに殺人罪の適用です。
考えればやり方はいくらでもあります。代行運転の許認可の基準を(緩くではなく)柔軟にし不況にあえぐタクシー業界からの参入を可能にし、もっと便利に安く代行が利用できるようにする。結果的にタクシーの稼働率が上がり、お客を求めて無駄なガソリンを消費して走ることも少しは減るでしょう。思い付きで考えただけでもこれくらいは出てきます。
そんな中、先だって日本にいなかったので見ることができませんでしたが、NHKの特集でスウェーデンが飲酒をしている人が乗ったらエンジンが掛からない車を開発している様子を流していたことを知人からのメールで知り、冒頭の“予防の国=スウェーデン”を再度強く認識しました。
彼らにとっては至極当たり前のことなのです。自分たちが作った車の排気ガスが森林であり都市環境を破壊した。だから、少しでも環境負荷の低いディーゼルエンジンの車に切り替えよう。さらに排気ガスに有害物質が含まれる量の少ない車を作ろう。場合によっては車の保有台数の制限までも考えよう。そして、森林や都市には車を入れないようにしよう。この様に一刻も早く環境を元の姿に戻す努力をするのです。日本ならさしずめ破壊した環境を別の型でカバー(リカバリー)する技術の開発に走りそうです。
このことを先ほどの交通事故に例えれば、交通事故は起こる。ならば、医療の技術をあげ、救急車の台数を増やし、死亡者の数そのものを減らそうとする国が日本です。
交通事故を未然に防ぎ事故死ゼロを目指すためにはどうすればいいかを原点に遡って考える国がスウェーデンなのです。
今回の事故を受けて、日本の自動車メーカーはどんな動きをしたのでしょうか?スウェーデンの自動車会社のような車の開発をしている会社はあるのでしょうか?心の底からあって欲しいと思います。まだ開発をしていなかったら、大変僭越ではありますが今回の事故を切掛けに始めてください。日本の全ての自動車メーカーの社長、開発責任者の方々。着手しているなら何よりもそのスピードを上げてください。
そして、加害者はこれから一所懸命働いてそのお金の全てを未然に飲酒事故を防ぐ仕組みづくりに使ってください。亡くなった子供は生物学的には生き返っては来ません。
そうすることで、このまま放っておくと将来起こりえる飲酒運転による子供の死亡事故から子供の命を守ることができるのです。多くの子供の命を救うことこそ最大の罪滅ぼしです。
▼ 樽の中身は水だったの国、日本
CO2の排出も同じです。出してしまったものを元の状態に戻すのは大変です。将来発生する可能性を最小限にとどめる事こそ大事です。決して“自分だけが、うちの会社だけがやらなくてもそれは微々たるもので、日本全体で見れば影響はないだろう”と思ってはダメです。今の日本が全てにおいてそうだからです。皆がそう思えば大変なことになってしまうことにもうボチボチ気が付かなければ手遅れになってしまう時期がそこまで来ています。
“私一人が、うちの会社だけでもやらなければ、日本全体での目標は守れない”
全ての個人、会社がそう思い行動することが今強烈に求められています。
さもないと、“樽の中身は水だった”(*)の国になってしまいます。将来はありません。
結果対応しかできない国から、予防対応のできる国に生まれ変わる。次の政権が求められていることの一つだと確信します。
2006.9.20 コペンハーゲン空港にて(Mr.削減)
(*)“樽の中身は水だった”とは・・・・
昔、ある小さな街の中学校の先生が退職の日を迎えることになりました。名物先生で多くの街の住民が先生にはお世話になっていました。そこで、中学校の卒業生が話し合って先生への贈り物を考えました。
卒業生の一人が「先生は酒が大好きで、ある時、酒樽を前に“浴びるように飲んでみたいな!”と言っていた。」と言いました。そこで、話し合いの結果、“酒樽を買ってきてそれを夜のうちに先生の家の前において、各自自宅から一升瓶を持ち寄って朝までに特級酒でいっぱいにしよう!”ということになりました。
翌朝、先生が家のドアを開けるとそこには立派な酒樽がデーンと置いてありました。
先生は蓋を開けて早速飲んでみました。先生の目からは涙がこぼれてきました。
それは、喜びの涙ではありませんでした。目の前にあったのはアルコールなど一滴も入っていない正真正銘の“水”樽でした。“自分だけが水でも残りの99人がお酒ならいくら酒好きといっても先生は気付かないだろう・・”100人が100人そう思った結果でした。
(中学校の懐かしい「道徳」の教科書から)
こうしてみると、この国に(CO2削減に)必要なものは「道徳」かも知れません。

