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日野孝次朗 先生

プロフィール

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難しいことをわかりやすく

 著作権のセミナーを頼まれますと、たいていは質問の一覧表のようなものが事前に用意されていて、「こういった項目について答えて欲しいのです」といった要望がぶつけられます。
 その質問の中身を見てみますと、文化庁等のサイトで調べればわかるような内容で、言葉を多少入れ替えた程度のものが多いようです。私の感想としては、「この程度のことは、自分で調べればいいのに」とも思いますが、そういった質問が単なる面倒くささから生まれるものなら、私の出る幕ではないのですね。ご自分でよく調べてください、と言いたいところです。
 しかしよく考えてみると、こういった疑問についてインターネットなどで調べて、それなりの機関が出したQ&Aを検索・参照しても、どうにも納得が行かず、「本当にこれでよいのだろうか」と疑問に思ってしまうようなケースが多いのではないか、と想像することもできます。

 たとえば、「学校の授業の中で、新聞を複製しても大丈夫です」という答えをインターネットの中で見つけたあとで、「では雑誌ならどうだろう」とか「音楽ならどうだろう」とか、いろいろ思うわけです。新聞がOKなのだから、雑誌はもちろん、音楽だって大丈夫だろう。いやいや音楽は別かもしれない。テレビ番組を授業で見せる場合はどうだろう。映画ならどうだろう。部活のときは?・・・。と、こういう具合に迷ってしまいますね。
 これは要するに、「著作権という権利が、どうしてこの世に存在しているのか」という発想が抜け落ちているから、こうなると思うのです。だから、自分がいま直面している問題とまったく同じ内容のQ&Aに偶然めぐり合わない限り、解答が得られない。そして、私のような者を探して質問してみたい、ということになってしまうのだと思います。

 ところが、私がこういった質問に明確な回答を出しても(実際には、明確に答えることはほとんど無いにしても)、今後また別の問題が発生してしまうと、また誰かに質問しなければなりません。
もしこれが、図書館だとか学校だとか、印刷・出版といったような、著作権問題に遭遇しやすい現場だとすると、私のような者が四六時中そばにいなければならなくなります。これは実際、無理なことですね。
このように考えますと、私が望まれるままに具体的な質問に答えるというのは、セミナーのご依頼人の皆様からは、「スッキリした」ということで結構喜ばれるのですが、私にとっては、なんとも意味の薄い、その場しのぎのセミナーのように感じられてしまいます。ある問題に対する答えを知った“瞬間の満足感”だけで、その後また起こるであろう別の諸問題については、まったく解決の見通しがない、ということになります。

 それでは困るので、私としては「著作権について基本的な部分を充分理解してもらうことで、将来の問題に対応してもらいたい」と考えて、セミナーを実施します。理解してもらうということは、考えてもらうということと同じです。でも難しいし、面倒ですね。法律が苦手な人にとっては、できれば避けて通りたい。他人の答えを聞くだけで安心したい。
でも、法律というのは、とても身近なものなのです。身近だということは、やはり自分自身で判断しなければやっていられないし、日常の中のできごとを噛み砕いて考えれば、実はかなりの部分が理解できるはずのことだと思います。

 <難しいことをわかりやすく>をモットーとする私にとっては、この際、著作権の基本をしっかり理解してもらって、他人に聞かなくても自分なりに判断でき、職場の同僚やトラブルの相手方を理性的に説得し、常識的に解決してもらうことが、セミナーの目標となります。
こういう目標を掲げてしまうと、セミナーの中では明確な回答というものは出てこないで、皆で一緒に悩む、ということになります。そして、セミナーに参加した人の多くは、自分の答えに自信を持つことができず、結局は頭の中がモヤモヤしたまま帰られることになるでしょう。それを「意味の無いセミナーだ」と言う人もいますが、逆に「大変意味のあるセミナーでした」とおっしゃってくださる方もいます。これは、自分自身で判断するということに前向きな人と後ろ向きな人とで、反応が分かれるところです。

 この世の中では、法律解釈というものは、「学者とか裁判所とか行政とかが作り出すものであって、一般市民が口出しすべきものではない」と考えられているようです。しかしそんなことでは、身近な問題に現実的に対処することができない、ということになります。せめて、私たちの身の回りで起こる日常の問題については、私たちなりの判断というものが生かされているべきだろうと思いますし、日常の諸問題を法律に従って解決するというのは、あまり適切ではなかろうとも思います。
日常の法律問題のことで、専門家の回答に「あっ」と驚かされるというのは、あって欲しいことではありませんが、決して珍しいことではありません。それは、一般市民の感覚と法律世界の感覚というものに、大きなズレがあるということです。
 ところが、法律専門家がこれをもって、「そら見ろ、どうせ素人にはわからないだろ」なんていう態度でいたとしたら、それは非常に悲しいことだと思います。法律の条文を見れば、普通の人にはなにやら難しいことが書いてあるように見えます。それが普通です。でも、その中身、つまり法律が言いたいこと、望んでいることというものは、誰にでも理解できる、筋のとおった内容であるはずです。それをわかりやすく伝えるということは、とても重要な仕事なのだ、と私は思っています。