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Vol.20 退職勧奨をめぐる最新裁判例から見る実務対応上の留意点とは
1. はじめに
アメリカ合衆国のサブプライム問題に端を発した経済危機は、日本経済にも深刻なダメージを与えつつあります。経済環境の大きな変化の中、人事労務部門においてはここ数年検討する必要もなかった様々な課題に直面しつつあるのではないでしょうか。
その一つが今回、取り上げる「退職勧奨」の問題と思われます。退職勧奨はその言葉のとおり、会社側が従業員に対し個別に退職を奨める行為を指します。法的にみれば、これはあくまで勧奨にすぎず、従業員が自ら退職するか否か決定する自由が保障されています(この自由がなければ「退職勧奨」ではなく、「解雇」等にあたる)。従って、退職勧奨は単なる「事実行為」に過ぎず、通常はその行為をもって会社側が何らかの法的責任を負うことはありません。
しかしながら、我が国における退職勧奨事例の中には、その態様上、問題があるものが散見されます。例えば、従業員側が退職勧奨に応じない旨、返答しているにもかかわらず、繰り返し本人を呼び出し、執拗に退職勧奨を求めたり(下関商業高校事件 最判昭和55.7.10労判885号49頁))、女性が結婚をしたことを理由とした退職勧奨(ダイヤモンド・ピー・アール・センター事件 東京地判平成17.10.21労経速1918号25頁)など、合理性に欠ける退職勧奨はそれ自体が違法とされ、損害賠償請求の対象となります。最近、注目されている「パワハラ」「セクハラ」などが退職勧奨の際、介在した場合も云うまでもありません。
ここまでは多くの人事担当者から見ても、さほど異論のないところと思われますが、最近退職勧奨をめぐり新たな法的問題を提示する地裁判決が出ました。それは勤務態度不良の社員に対する教育指導の過程でなされた「退職勧奨」とそれに伴う「退職手続き」をめぐる法的問題です。
2. 裁判例の紹介(ゴムノイナキ事件(大阪地裁平成19.6.15 労判957号79頁))
(事案の概要)勤務態度不良を理由とした教育指導の過程で退職した社員について、会社側が「自己都合」退職を前提に退職金、失業保険給付手続きを行ったところ、退職社員側が本来「会社都合退職」による退職金および特定受給資格に基づく失業保険給付が支給されるべきであったとし、その差額分支払いを請求しました。
(判決)請求認容(以下、判決文抜粋)
(1) 教育指導におけるパワハラ等の有無
「(顧客からの)クレームごとに問題点とあるべき業務内容を整理した一覧表を作成し、これに基づき一つ一つ事実を確認しながら指導を行うなど、その方法は具体的かつ丁重で、退職強要に向けた嫌がらせと評価されるようなものではない」
(2) 会社都合退職か自己都合退職か
「退職願を提出した当時、被告の子供らは学費等がかさむ年頃であったこと、住宅ローンも430万円以上残っている上、不景気でもあり、再就職先や独立の目途があるわけでもなかったことが認められ、このような状況下にあった被告が、全く自発的に退職を申し出るとは考え難い。
退職願は、自ら書面をしたため、持参したというものではなく、(会社)から交付された定型用紙に、(上司)が見ている前で記載し、提出したものであって、(会社側)主導のもとで作成されたものにすぎないし…いずれも(従業員本人)が自発的に退職を申し出た証拠にはならない。かえって、一向に改善されない業務態度に業を煮やした(会社)が、被告に今後の身の振り方を考えるように告げ、これをもって暗に解雇の可能性をほのめかしながら退職を勧め、決断を促した結果、解雇される前に退職する途を選んだものと考えるのが自然である。」「以上検討したところを総合してみれば・・このような被告の退職は、会社都合退職にあたるというべきである。」
(3) 不法行為と損害賠償額の認定
「会社都合退職として処理すべきところを、自己都合によるものとして退職金を計算し、離職票を作成するなどの事務手続きを行ったという限度で、(会社)に過失があったという他なく、この点で(会社)の行為は不法行為にあたる。そして、その結果、被告には、自己都合の場合の退職金しか支給されず、自己都合の場合の求職者給付(基本手当)しか受給できなかったことによる損害として、会社都合退職の場合と自己都合退職の場合の退職金差額116万円及び基本手当差額159万1200円の合計275万1200円に相当する損害が発生したということができる。」
3. 本判決の評価と実務対応上の留意点について
(1) はじめに
本事件は控訴後、和解で終了しています。したがって、上記地裁判決は高等裁判所等で支持されておらず、判例法理として確立したものとはいえません。むしろ法的にも、様々な問題点があり、今後同種の事件が争われた場合、上記裁判例と同様の理由・結論を示すのか疑問があります。
にもかかわらず、本判決をご紹介したことは理由があります。それはまず同紛争類型です。今後も様々な職場において同種紛争が生じる可能性があり、企業人事担当者にこのようなトラブル類型があることを理解いただく意義があると思われます。
(2) 退職金制度設計への示唆
また同トラブルへの対応策という点でも示唆を得られる点があります。まずは事前準備としての退職金規定整備です。本事件では、「会社都合」または「自己都合」退職事由に応じた退職金制度が設計されていました。しかしながら、その適用についての細則は、特段、整備されていなかったようです。もし本件において、会社側が事前に自己都合退職による退職金の支給事由に次のような一文を入れていたら、どうだったでしょうか。
「本退職金規定における「自己都合退職」には、勤務態度・成績不良を理由とした退職勧奨による退職が含まれる」
退職金制度の設計は原則として、会社側に委ねられており、その支給事由において上記のとおり定めることも、公序良俗に反しない限り、自由と考えられます。例えば、性別の違いなどは合理性に欠けるものですが、上記のような取り扱いを明記することは、何ら法令に抵触するものではなく、公序良俗に反するものとは考えられません。そして前述の規定が設けられていれば、本件においても会社側対応(自己都合退職事由による退職金支給)に非があるとされないと思われます。
(3) 雇用保険上の離職手続きについて
本判決の特定受給資格者に関する判断は問題が多く、先例的な意義は低いと考えています。そもそも本事例のようなケースは、現在の雇用保険手続きの運用上、特定受給資格者と取り扱わない可能性が高いと思われます。それを前提に、本判決からの実務上の示唆を考えると、離職手続きにおける「説明」が挙げられると思われます。特定受給資格者にあたるか否かトラブルになりそうなケースにおいて、会社側が退職従業員に離職票を交付する際、次の点を伝えることが重要ではないでしょうか。「本件について会社側が決定した離職事由とその理由はカクカクシカジカです。これに異議があれば、離職票に自ら考える離職事由を記載し、ハローワークに申し出てください」と。
もちろん、この段階で会社側が示す離職事由に退職社員が納得できれば、最も望ましいのですが、今回紹介した事案のようなトラブルの可能性がある場合は、離職票交付段階でハローワークに判断を委ねる旨、明確にしておくことが考えられます。今回の特定受給資格者をめぐる紛争も本来は、ハローワークにおいて争われるべき問題と思われます。トラブルの芽を先に積んでおくという観点から望ましい対応と思われるため、ご紹介した次第です。
なお今回取り上げた退職勧奨をめぐる法律問題に焦点を絞ったセミナー(有料)を予定しております(11月17日 午後3時〜5時)。ご関心ある方はぜひともご利用ください。
また先日から個人ブログを開設いたしました。お立ち寄りいただければ幸いです。

